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太陽礼拝って、なんのためにやるの?

太陽礼拝って、なんのためにやるの?

ヨガのクラスに行くと、必ずといっていいほど登場する太陽礼拝。なんとなく身体を動かしながらこなしている方も多いかもしれませんが、「これって何のためにやるの?」と聞かれると、意外と答えに詰まるのではないでしょうか。

今日は、太陽礼拝の起源から、流派による違い、そして毎日続けるとどうなるか、というところまで書いてみたいと思います。

太陽礼拝の起源

意外と知られていませんが、太陽そのものを敬う習慣、祈りの言葉はどの文明でも見受けられますが、太陽礼拝のポーズシークエンスは近代になってから生まれた実践で、古典的なヨガの文献には登場しません。ポーズを組み合わせたウォームアップ的な要素の強いシークエンスとして、比較的新しい時代に体系化されたものです。

でも「新しいから軽い」わけでは決してありません。むしろ、初心者から上級者まで、延々と進化させ続けられるポーズの代表格だとわたしは思っています。

初心者にとっての太陽礼拝は、ウォームアップそのものです。ジャンプバックやジャンプイン、チャトランガでの体幹の使い方——ここで身体の基礎を作っていきます。

一方、練習を重ねた人にとっての太陽礼拝は、まったく別の顔を見せはじめます。プレスハンドスタンドへの布石になり、バンダ(身体の内側の締めの感覚)を意識する場になり、動きの中にフローティングの感覚を磨く時間になっていく。同じシークエンスなのに、練習年数によってまったく違う意味を持つ。これが太陽礼拝の面白いところです。

流派によって何が違う?

わたしが普段練習しているアシュタンガヨガでは、太陽礼拝=スーリヤ・ナマスカーラA・Bという2種類が決まった型としてあります。ヴィンヤサ(呼吸と動きの連動)が厳密で、テンポよく流れていくのが特徴です。

でも、他の流派のクラスに遊びに行くと、太陽礼拝の形ががらっと変わることに驚きます。

たとえば、アンジャネーヤアーサナ(ローランジ)で片足ずつじっくり伸ばす瞬間が入っていたり。ウールドヴァハスターサナで、アシュタンガよりも強めの後屈・スウェイバックを取り入れていたり。アップドッグへの移行も、アシュタンガのようにチャトランガを経由せず、八点のポーズからお尻をふわっと立ち上げていく、よりやさしい形になっていることが多い。間にプランクポーズ(クンバカーサナ)が挟まっているのもよく見かける違いです。

同じ「太陽礼拝」という名前でも、流派によってこれだけ表情が変わる。それでも共通しているのは、「呼吸と動きを合わせる」という本質です。形は違っても、そこにある考え方は同じなのだと、いろいろな流派を経験するたびに感じます。そして郷に入っては郷に従えといいますが、他流派の太陽礼拝の気持ち良さ、なぜそうなっているのかという理由や理屈ももすごくよくわかります。

毎日やるとどう変わる?

わたしは毎朝、太陽礼拝Aを5回、Bを3回、必ず行うようにしています。マイソールの現地シャラでは今はもっと回数が多くなっていると聞きますが、これ以上増やすのはなかなか大変です(笑)。

元気な日は最初からジャンプバック・ジャンプインすることもありますが、1回目は右足、2回目は左足からと、まずはステップバックで様子を見て、3回目から負荷を上げていく——これがわたしの平常運転です。

そして、正直に言うと、このマットに乗ってまでが一番気が重い時間です。「今日は少し身体が重いな」「時間がないな」「昨日ちゃんと寝れてないな」「あ、床にゴミが...」「洗濯物を今すぐに取り込まなくてはならないのではないか...?」等など——やらない理由なんて軽く10個くらいすぐに頭に浮かびます。

でも、太陽礼拝を終える頃には、気持ちがすっかり練習に向かって前向きになっている。毎回、不思議なくらいそうなります。

太陽礼拝は、いわば今日の身体との対話です。今日はどこまで動けるか、身体のどこが硬いか柔らかいか、どこまで動ける可能性があるのか——それを確かめる時間。動きの中で、自分の呼吸音が聞こえてくるように意識を向けていくと、その対話がより深くなっていく感覚があります。

流派によって形は違っても、太陽礼拝が持つ役割の大きさは変わりません。形にこだわりすぎず、まずは動いてみる。それが一番の近道だと思います。

ToMe Yogaでは、毎週土曜9時に「はじめてみようアシュタンガヨガ」を開催しています。太陽礼拝から丁寧に練習してみたい方は、ぜひ一度足を運んでみてください!

2026/7/19

Tomohiko